GAYA | Blog

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連載「足りない物のない世界」(2)
 
マンゴーの中の小さな宇宙(2)

私は一瞬、このチャイを飲むべきか迷った。本当はこういう知らない人にもらった物を、食べたり飲んだりしてはいけないのだ。
 
と言うのも、最近インドではチャイなどの飲み物にこっそりと睡眠薬を入れて、眠っているすきにお金を奪うというのが流行っていたからだった。

チャイは小さい素朴なグラスに入っていた。私はグラスを両手で覆うように持った。指先があまりに冷えていたので、グラスの暖かさが最初はわからないほどだった。

チャイグラスにそっと口を付けた。このおばさんは疑う必要は無いだろうと思ったからだ。それにこんな明け方から毒を盛るなんて、そこまでガッツのあるインド人もそうは居ないだろう。

生姜が少し入ったそのチャイは暖かくて甘くて、身体が溶けていくようだった。今までにインドで飲んだどのチャイよりも美味しかった。このチャイがここまで美味しかったのは、この時刻と、この辺りを満たしている冷気と、一緒に飲んでいるこの親子の温かさ、それら全てがこのチャイを美味しくしているだった。
 
目の前をゆったりと流れる河を眺めながらチャイを飲み干した。おばさんを信じているからではなく、自分を信じているから飲んでもいいのだ。そして、これ以後も私は知らない人にもらった食べ物を食べ続ける・・・。


私は親子に別れを言って、座っていた場所を離れ、河沿いの石段を上流の方に向かって歩いて行った。そして石段も途切れ、自然のままの土手になっているところまでやって来た。
 
ここは同じガンジス河でもこのガートと呼ばれる石段がないと、いわゆる「ガンジス河」という感じがしなくて殺風景ではあるけれど、「インド」や「ヒンドゥー教」に着色されていない、そのままのガンジス河を見ることができる。

雨季なので、色こそ濁ってはいるが、河は悠々と流れている。
もしガンジス河が流れの速い河だったら・・・。ひょっとするとインド全体はもっと敏速に進んでいるかもしれないと思った。

インド人がひとつの事をするのに掛かる時間と言ったら、このガンジス河の如く遅く、こっちがいくら促したとしても、決まっていつも「ノープロブレム」。何も気にしない様子で相変わらず持ち前のインディアンタイムで進み続ける。そしてこっちが苛立ちを感じたら負けなのだ。
だけどガンジス河は、河の中程へ行くと、見た目はではわからないほど流れが急でそれは恐ろしい程だ。
インド自体もひょっとすると、私たちの見えないところで物凄いスピードで常に変化しているのかもしれない。(※これを書いていた18年前のインドは今程の経済成長をする前でした)
 
所々に生えた芝生にはそれぞれ男達が座っており、一様に私の方を見ていた。その中の少し離れた芝生には、二人のお爺さんサドゥーが並んで座っていた。
 
サドゥーと言うのはヒンドゥー教の修行僧で、二人とも立てば足の先に届くぐらいの天然のドレッドヘアーに、サドゥーなら誰もが纏っているオレンジ色の布を腰に巻いていた。

サドゥー達がいつも身に纏っている布の「オレンジ色」は、日本には見られない鮮やかな色で、それを日本語で何色と呼べばいいのかは分からないが、インドの国旗に使われている緑と、白と、もうひとつのあのオレンジ色も、このサドゥーの布の色と同じ色をしている。

お爺さんサドゥーたちのそのオレンジ色のはずの布は、お爺さんたちの頭のドレッドヘアー同様に、もうほとんど白く色あせていた。ふたりは話をするでもなく、ひとりは地べたに座り、もうひとりは肘を突いて寝そべりながら河の方を静かに眺めていた。

私が遠くから二人を見ていたら、そのうちのひとりの座っていた方のお爺さんサドゥーが、私に向かって静かに手招きをした。そして自分の横の地面をポンポン、と叩き、『ここへ座れ』と無表情に合図した。(つづく)


aki
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