GAYA | Blog

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新連載「足りない物のない世界」(1)
今日からシリーズ『足りない物のない世界』をスタートします。
これは、私が17歳の時に、ガンジス河の流れる聖地として有名なインドのベナレスに約1ヶ月滞在した時に書き溜めた文章です。

今読み返すと稚拙でカッコつけていて恥ずかしい内容ですが、そこには17歳ならではの感受性や一途さも垣間見えて、ぜひとも寛大な気持ちで読んで頂けたら幸いに思います。  aki

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マンゴーの中の小さな宇宙(1)


明け方、カーテンから光は漏れない時刻。

私は目を覚ますとすぐさま起き上がって、床までつきそうな丈の長い木綿のワンピースを頭からすっぽりと被ると、ニューデリーで知人からプレゼントされた大きめのショールを羽織り、まだ闇に包まれたベナレスの街へ飛び出した。
 
向かう先はガンジス河。人々の沐浴を見るために。
 
もう一ヶ月近くベナレスの街に滞在しているのに、未だ朝のガンジスを体験していなかったぐうたらな私は、半分寝ぼけながらも意を決してようやく起きることができた。

ガンジス河は全てのヒンドゥー教徒にとっての聖なる河。母なる河とも呼ばれる。ヒマラヤの雪解け水が南下して、ここベナレスに悠々と注いでいる。早朝には河で沐浴をする大勢の人たちが集まってくる。

外はまだ暗かったが、石畳を歩きながら、様々な音が聴こえてきた。洗濯をする水の音、子どもたちの笑い声、お祈りを唱えるお爺さんのしわがれた声に、朝ご飯を準備する音や、火を焚く音、いろんな音が家々の壁に反響していた。
早朝だと思って張りきっているのはどうやら私だけだった。インドの朝はもうとっくに始まっていた。
 
私が一ヶ月近く滞在していたAssi Ghat(アッシーガート)と呼ばれるその場所が、ガンジス河沿いを走るGhat(石段)の一番端に位置していたせいなのか、ずっと気温が高すぎるせいなのかは分からないが、ほとんど人の寄り付かない河岸の様子を、私はホテルのテラスから毎日眺めていた。
昼間の、流れているのかいないのか分からないくらい静かで、決して「きれい」とは言えない黄土色をしたガンジス河と、早朝のガンジス河は一体どんな風に違うのだろう。早く見てみたい。足取りが早くなった。

寝起きの身体を覚ますにはちょうどいい、朝の冷気が辺りを漂っていた。ショールを羽織って来てよかったと思った。

河岸にたどり着くと、目の前に広がるその景色は全く別の物だった。昼間とは違い活気に満ちて、暗い中たくさんの人が水の中で祈りを捧げていた。
頭まで水に浸かっては浮き出たり、手で掬った水を頭からかけたり、どの動作も自然でスムーズでいて、とても美しく見えた。
河の水はかなり冷たいはずなのに、誰しもが階段を降りながら躊躇することもなく水に入っていき、穏やかな表情さえ浮かべて祈りを捧げていた。それは毎日繰り返すことによってしか生まれない動作の美しさなのだろう。そして不思議だったのは、どの人も皆たったひとりでここに来ている様子だった。ガンジスに沐浴に来ることは、神さまと一対一で向かい合うことなのだろう。


何も境目のなかった向こう岸と空との間に、段々とスカイラインが浮かび上がってきた。それはうっすらと微かに明るくなった空の向こうから、太陽が顔を出しはじめた証だった。

私は冷たい石段に腰を下ろすと、ただぼーっと人々の様子を眺めた。
青白い光が射す水の中で、石鹸ひとつを手に身体を洗っている人、髪の毛を洗っている人、ニームの木の枝で歯磨きをしている人もいれば、もう水遊びをしている子どもまでいる。

朝陽を背にして河からは次々とずぶ濡れの人たちが上がってきた。髪も服もぴったりと体に張り付いて。

「ナマステ」

全身から水を滴らせながら、こっちを向いた女の人が、両手を胸の前で合わせて立っていた。
最初は誰か分からなかったが、ピンクーという友人のお母さんだった。私も「ナマステジー」と手を合わせ、朝の挨拶を交わした。
こんな所でも「おはよう」と声を掛け合える相手がいることは、よそ者の私に「ここに居てもいいよ」と言われているようでとても嬉しかった。まるでこの「朝」という舞台でセリフをもらうことができたような気がした。

昼間は大して彩りのないガンジス河だが、女たちの着ている赤や黄色など色とりどりのサリーが、朝のガンジス河を鮮やかにしていた。

肩に羽織っていたショールが風に飛ばされて飛んでいった。

「濡れてしまうよ」

水浸しになったショールを拾ってくれたのは、私の隣で小さな店を開いていたおばさんだった。
彼女の足元には、ジャスミンやマリーゴールド、ハイビスカスの花首だけをもぎ取って糸に通した、お供え用の色鮮やかな花輪が並べてあったり、女性たちが額に張る「ビンディー」というシールや、歯磨き用の小枝、ヒンドゥー教の神話の絵本やコミックまでもが、ささやかに並べられていた。側には彼女の子どもらしき小さな男の子がチョロチョロ纏わりついている。

しばらく男の子と一緒に遊んでいると、いつの間にかおばさんが私と自分の子どものために、どこからかチャイのグラスをふたつ持って帰ってきた。

私は一瞬、このチャイを飲むべきか迷った。(つづく)


aki


※この文章はakiが17歳の時に書いた物です。

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