GAYA | Blog

4-1-8 Koiso bldg 1F Kudan-minami Chiyoda Tokyo
連載「足りない物のない世界」(5)
マンゴーの中の小さな宇宙(5)最終回


私の予想に反して、見た目の青さと違ってマンゴーは少し熟れすぎていた。
目をひん剥くほどの強烈な甘さで、頭が急に冴えてくるようだった。
美味しい、と言うよりひたすら甘かった。
そして当然冷えているはずもなく生温かい。でもそもそもくだものは木に生る物なのだから、冷やして食べること自体が不自然なことなのかもしれない。
この生温かさがマンゴーの体温なんだと思った。

かぶりついたマンゴーの断面をじっと見つめてみると、それは目では見えないほど小さく細かな無数の組織で出来ていたが、同時にまるで私には分からないほど、巨大に出来ているようにも見えた。
そしてふと頭の中に、ある詩が浮かんだ。
 
To see a World in a Grain of Sand 
And a Heaven in a Wild Flower,
Hold Infinity in the palm of your hand
And Eternity in an hour.

一粒の中に世界を見る
一輪の花に天国を見る
君の手のひらで無限を握り
永遠は一刻の中に

これは、ウィリアム・ブレイクが書いた「Auguries of Innocence(無垢の予兆)」という長い詩の冒頭だけれど、この4行がふと脳裏に浮かんできた。

・・・・・・ 

もうすぐで夏休みが始まるというその日、私はたまたま学校に、庭で咲いた小さな花を花束にして持って行った。
私が一番楽しみにし、また一番恐れてもいるPoetryという英詩の授業になると、いつもは怖い先生が私の持ってきた花を生けた花瓶を手に持って教室に入ってきた。そして生徒たちに、花瓶の花を見ながら言った。

「ほらごらん。こんなに小さな花でも、この花の中にはこの花の世界ってモノがちゃんと存在するんですよ」

・・・・・・

いつもなら一口食べ始めると、最後まで一気に食べてしまうのに、ふとかぶりついたマンゴーの断面をまじまじと見ると、吸い込まれそうな気がした。そしてあの授業の時はわかっていなかった詩が、少しだけわかったような気がした。
私の場合は、To see a Universe in a Mango. だけれど。


 
濃厚でえぐいマンゴーを悪戦苦闘して食べ終えると、私の手も口のまわりもマンゴーの汁でベトベトになっていた。だから食べたくなかったのに。
するとその様子を見ていたマンゴーをくれたサドゥーのお爺さんが、自分のパッチワークのバッグの中から真鍮で出来ていて、大切に使い込まれた様子の水筒を取り出すと、私の手のひらに水をかけてくれた。

水筒の中の水は濁った茶色をしていたので、やはりガンジスの水なのだろうか。
私の手からマンゴーの汁を洗い落としたその水は、朝の光を受けて輝きながら地面に落ち、そのまま土の中へと染み込んでいった。そして私の手も元どおりきれいになり、私のむき捨てたマンゴーの皮は、隙間もないくらいの蠅がたかって食べていた。全てがきれいに目の前から消え去ろうとしていた。
こういうときにインド人は0を発見したのかもしれない。

ゆるやかに、ゆるやかに流れ行くガンジス河。緻密でマンゴー。無数の飛び交う蠅たち。二人のお爺さん。天は高く、小さな私はここに居る。(マンゴーの中の小さな宇宙 おわり)


aki

※この文章はakiが17才の時に書いた物です。
連載「足りない物のない世界」(4)

マンゴーの中の小さな宇宙(4) 



私はマッチを擦ると、今度は自分の煙草に火を点けた。
私とサドゥーのお爺さんのやりとりを、遠くからずっと見物していた人たちが、案の定こちらに注目して一斉にざわめいているようだった。しかしお爺さんサドゥー二人の顔は少しの変化もなかった。彼らなりの満足している顔のようだった。

見られているという緊張感から、煙草の味はよく分からなかった。
煙はガンジス河を渡ってきた風に流され、瞬く間に遠くへ飛んで行った。
 
横にいたもう一人のお爺さんは、私たちがやりとりしている間もずっと黙って、肘をついて寝そべりながら静かにガンジスを見ていた。
私はそのお爺さんにも煙草をすすめた。

するとそのお爺さんは、一本の煙草と引き換えに、バッグの中からマンゴーをひとつ取り出すと私にくれた。
そのバッグはお爺さんの横の地面に置かれており、きれいな色とりどりの布をつなぎ合わせたパッチワークで出来ていて、彼らの側に座った時から、そのバッグのあまりの可愛さにずっと気になっていた。

まだ緑色をした小さなマンゴーは、私の両手の中にコロンと乗っかった。ありがたく持って帰るつもりで食べずに手に持っていると、二人のお爺ちゃんたちが口を揃えて、
「カーロ、カーロ(食べろ、食べろ)」
と言い出した。
これ以上周りで見ているインド人たちの見せ物になるのは恥ずかしかったし、今ここで食べたら手がベトベトになるからちょっと嫌だなあと思って躊躇していると、
「いいから、食べろ食べろ。」
と、口を揃える。
 
お爺ちゃんたちの注文を受けない訳にはいかなくなって、私は「分かった、分かった。食べればいいんでしょう」という感じで、仕方なくその場でマンゴーの皮を剥き始めた。
すると、そこら中を飛び回っていた無数の蠅がマンゴーめがけて一斉に飛んできて、真っ黒になったかのようにマンゴーを隙間なく覆い尽くした。
しかしお爺ちゃんサドゥーたちは、そんな事少しも意に介す事もなく、相変わらず「食べろ食べろ」と言う。

私は意を決し、左手はパタパタと扇いで蠅を追いながら、右手でマンゴーを持って思い切りかぶりついた。(つづく)



aki
連載「足りない物のない世界」(3)


マンゴーの中の小さな宇宙(3)

私は言われたとおりお爺さんたちの側まで歩いて行って、「ここに座れ」と合図された土の上に腰を降ろし、並ぶようにして座った。そして三人で黙ってガンジス河を眺めた。
 
辺りはだいぶ明るくなって、時おり心地のいい風がそよいでいた。河は静かに悠々と流れており、水面がキラキラと反射していた。
しばらくするとサドゥーのお爺さんが横にいる私に向き直って、ヒンドゥー語でムニャムニャと話しかけてきた。何を言っているのか知りたかったけれど全く分からなかった。でもどうやら「煙草は持っているか」と聞いているようだった。
私はヒンドゥー語で、「ナヒン(ないよ。)」と、答えた。
するとお爺さんは、
「ナヒン(ないのか。)」
と、まるで確認するかのように私の言葉をポツリと繰り返した。

ガンジス河はほとんどの流路を南東に流れる。ガンジス河の水は、ヒマラヤ山脈の氷河から生まれて、海のある南へ南へと流れ、ベンガル湾へ注いでいる。
ある言い伝えによると、今、私の目の前を流れているこのガンジス河は、本当ならば私の前を右方向に流れていなければならない。なぜなら右が南の方角になるからだ。けれど何故か、ベナレスを流れるガンジス河はヒマラヤ山脈のある北へと、私の目の前を左に流れている。ヒマラヤから流れ出た水は、ガンジス河となって再びヒマラヤに向かっている。
本当かどうか分からないけれど、それがここベナレスがヒンドゥー教の聖地になった所以のひとつとも言われている。
 
どのくらい居ただろうか、私はずいぶん長い間お爺ちゃんたちの横に座って河を眺めていた。それともそう感じていただけなのだろうか。

しばらくすると、また、「煙草ないの?」と訊いてきた。
「ないよ。」
「ほんとに?」
「だからないって・・・。」

私は煙草を買いに一度ホテルに帰った。


 
お爺さんたちの元へ戻ってくると、煙草を箱ごとお爺さんに渡した。するとお爺さんは箱の中から、自分が吸う一本だけを引き抜くと、箱をそっくりそのまま私に返した。

私はびっくりした。私は当然、欲張りなお爺さんが煙草を箱ごと全部持っていってしまうだろうと思って、ホテルで箱に入っていた数本だけを残して、煙草をほとんど抜き取ってきていたからだ。
でもお爺さんは、純粋に今ここで吸いたいたった一本だけを欲しいのだったのだ。私の疑心暗鬼な心の狭さも、サドゥーにはすべてお見通しのような気がして、私は自分の顔が真っ赤になるのを感じた

私はマッチ箱を借りると、お爺さんがくわえた煙草に火を点けた。さっきからをずっと私たちを遠くから何気なく見ている人たちが、より一層注目しているのがわかった。
お爺さんサドゥーたちは、「お前も吸え」と言ってきた。今ここで私が煙草を吸うと、周りの人たちが余計にびっくりするのは想像できた。なぜならインド人から見たら私は本当に子どものように映っていたからだ。だけど、実は私もガンジス河のほとりで吸う煙草はどんな味がするだろうと、内心凄く吸ってみたかった。(つづく)


aki
連載「足りない物のない世界」(2)
 
マンゴーの中の小さな宇宙(2)

私は一瞬、このチャイを飲むべきか迷った。本当はこういう知らない人にもらった物を、食べたり飲んだりしてはいけないのだ。
 
と言うのも、最近インドではチャイなどの飲み物にこっそりと睡眠薬を入れて、眠っているすきにお金を奪うというのが流行っていたからだった。

チャイは小さい素朴なグラスに入っていた。私はグラスを両手で覆うように持った。指先があまりに冷えていたので、グラスの暖かさが最初はわからないほどだった。

チャイグラスにそっと口を付けた。このおばさんは疑う必要は無いだろうと思ったからだ。それにこんな明け方から毒を盛るなんて、そこまでガッツのあるインド人もそうは居ないだろう。

生姜が少し入ったそのチャイは暖かくて甘くて、身体が溶けていくようだった。今までにインドで飲んだどのチャイよりも美味しかった。このチャイがここまで美味しかったのは、この時刻と、この辺りを満たしている冷気と、一緒に飲んでいるこの親子の温かさ、それら全てがこのチャイを美味しくしているだった。
 
目の前をゆったりと流れる河を眺めながらチャイを飲み干した。おばさんを信じているからではなく、自分を信じているから飲んでもいいのだ。そして、これ以後も私は知らない人にもらった食べ物を食べ続ける・・・。


私は親子に別れを言って、座っていた場所を離れ、河沿いの石段を上流の方に向かって歩いて行った。そして石段も途切れ、自然のままの土手になっているところまでやって来た。
 
ここは同じガンジス河でもこのガートと呼ばれる石段がないと、いわゆる「ガンジス河」という感じがしなくて殺風景ではあるけれど、「インド」や「ヒンドゥー教」に着色されていない、そのままのガンジス河を見ることができる。

雨季なので、色こそ濁ってはいるが、河は悠々と流れている。
もしガンジス河が流れの速い河だったら・・・。ひょっとするとインド全体はもっと敏速に進んでいるかもしれないと思った。

インド人がひとつの事をするのに掛かる時間と言ったら、このガンジス河の如く遅く、こっちがいくら促したとしても、決まっていつも「ノープロブレム」。何も気にしない様子で相変わらず持ち前のインディアンタイムで進み続ける。そしてこっちが苛立ちを感じたら負けなのだ。
だけどガンジス河は、河の中程へ行くと、見た目はではわからないほど流れが急でそれは恐ろしい程だ。
インド自体もひょっとすると、私たちの見えないところで物凄いスピードで常に変化しているのかもしれない。(※これを書いていた18年前のインドは今程の経済成長をする前でした)
 
所々に生えた芝生にはそれぞれ男達が座っており、一様に私の方を見ていた。その中の少し離れた芝生には、二人のお爺さんサドゥーが並んで座っていた。
 
サドゥーと言うのはヒンドゥー教の修行僧で、二人とも立てば足の先に届くぐらいの天然のドレッドヘアーに、サドゥーなら誰もが纏っているオレンジ色の布を腰に巻いていた。

サドゥー達がいつも身に纏っている布の「オレンジ色」は、日本には見られない鮮やかな色で、それを日本語で何色と呼べばいいのかは分からないが、インドの国旗に使われている緑と、白と、もうひとつのあのオレンジ色も、このサドゥーの布の色と同じ色をしている。

お爺さんサドゥーたちのそのオレンジ色のはずの布は、お爺さんたちの頭のドレッドヘアー同様に、もうほとんど白く色あせていた。ふたりは話をするでもなく、ひとりは地べたに座り、もうひとりは肘を突いて寝そべりながら河の方を静かに眺めていた。

私が遠くから二人を見ていたら、そのうちのひとりの座っていた方のお爺さんサドゥーが、私に向かって静かに手招きをした。そして自分の横の地面をポンポン、と叩き、『ここへ座れ』と無表情に合図した。(つづく)


aki
新連載「足りない物のない世界」(1)
今日からシリーズ『足りない物のない世界』をスタートします。
これは、私が17歳の時に、ガンジス河の流れる聖地として有名なインドのベナレスに約1ヶ月滞在した時に書き溜めた文章です。

今読み返すと稚拙でカッコつけていて恥ずかしい内容ですが、そこには17歳ならではの感受性や一途さも垣間見えて、ぜひとも寛大な気持ちで読んで頂けたら幸いに思います。  aki

・・・・・・・・・・・・・・・・・・



マンゴーの中の小さな宇宙(1)


明け方、カーテンから光は漏れない時刻。

私は目を覚ますとすぐさま起き上がって、床までつきそうな丈の長い木綿のワンピースを頭からすっぽりと被ると、ニューデリーで知人からプレゼントされた大きめのショールを羽織り、まだ闇に包まれたベナレスの街へ飛び出した。
 
向かう先はガンジス河。人々の沐浴を見るために。
 
もう一ヶ月近くベナレスの街に滞在しているのに、未だ朝のガンジスを体験していなかったぐうたらな私は、半分寝ぼけながらも意を決してようやく起きることができた。

ガンジス河は全てのヒンドゥー教徒にとっての聖なる河。母なる河とも呼ばれる。ヒマラヤの雪解け水が南下して、ここベナレスに悠々と注いでいる。早朝には河で沐浴をする大勢の人たちが集まってくる。

外はまだ暗かったが、石畳を歩きながら、様々な音が聴こえてきた。洗濯をする水の音、子どもたちの笑い声、お祈りを唱えるお爺さんのしわがれた声に、朝ご飯を準備する音や、火を焚く音、いろんな音が家々の壁に反響していた。
早朝だと思って張りきっているのはどうやら私だけだった。インドの朝はもうとっくに始まっていた。
 
私が一ヶ月近く滞在していたAssi Ghat(アッシーガート)と呼ばれるその場所が、ガンジス河沿いを走るGhat(石段)の一番端に位置していたせいなのか、ずっと気温が高すぎるせいなのかは分からないが、ほとんど人の寄り付かない河岸の様子を、私はホテルのテラスから毎日眺めていた。
昼間の、流れているのかいないのか分からないくらい静かで、決して「きれい」とは言えない黄土色をしたガンジス河と、早朝のガンジス河は一体どんな風に違うのだろう。早く見てみたい。足取りが早くなった。

寝起きの身体を覚ますにはちょうどいい、朝の冷気が辺りを漂っていた。ショールを羽織って来てよかったと思った。

河岸にたどり着くと、目の前に広がるその景色は全く別の物だった。昼間とは違い活気に満ちて、暗い中たくさんの人が水の中で祈りを捧げていた。
頭まで水に浸かっては浮き出たり、手で掬った水を頭からかけたり、どの動作も自然でスムーズでいて、とても美しく見えた。
河の水はかなり冷たいはずなのに、誰しもが階段を降りながら躊躇することもなく水に入っていき、穏やかな表情さえ浮かべて祈りを捧げていた。それは毎日繰り返すことによってしか生まれない動作の美しさなのだろう。そして不思議だったのは、どの人も皆たったひとりでここに来ている様子だった。ガンジスに沐浴に来ることは、神さまと一対一で向かい合うことなのだろう。


何も境目のなかった向こう岸と空との間に、段々とスカイラインが浮かび上がってきた。それはうっすらと微かに明るくなった空の向こうから、太陽が顔を出しはじめた証だった。

私は冷たい石段に腰を下ろすと、ただぼーっと人々の様子を眺めた。
青白い光が射す水の中で、石鹸ひとつを手に身体を洗っている人、髪の毛を洗っている人、ニームの木の枝で歯磨きをしている人もいれば、もう水遊びをしている子どもまでいる。

朝陽を背にして河からは次々とずぶ濡れの人たちが上がってきた。髪も服もぴったりと体に張り付いて。

「ナマステ」

全身から水を滴らせながら、こっちを向いた女の人が、両手を胸の前で合わせて立っていた。
最初は誰か分からなかったが、ピンクーという友人のお母さんだった。私も「ナマステジー」と手を合わせ、朝の挨拶を交わした。
こんな所でも「おはよう」と声を掛け合える相手がいることは、よそ者の私に「ここに居てもいいよ」と言われているようでとても嬉しかった。まるでこの「朝」という舞台でセリフをもらうことができたような気がした。

昼間は大して彩りのないガンジス河だが、女たちの着ている赤や黄色など色とりどりのサリーが、朝のガンジス河を鮮やかにしていた。

肩に羽織っていたショールが風に飛ばされて飛んでいった。

「濡れてしまうよ」

水浸しになったショールを拾ってくれたのは、私の隣で小さな店を開いていたおばさんだった。
彼女の足元には、ジャスミンやマリーゴールド、ハイビスカスの花首だけをもぎ取って糸に通した、お供え用の色鮮やかな花輪が並べてあったり、女性たちが額に張る「ビンディー」というシールや、歯磨き用の小枝、ヒンドゥー教の神話の絵本やコミックまでもが、ささやかに並べられていた。側には彼女の子どもらしき小さな男の子がチョロチョロ纏わりついている。

しばらく男の子と一緒に遊んでいると、いつの間にかおばさんが私と自分の子どものために、どこからかチャイのグラスをふたつ持って帰ってきた。

私は一瞬、このチャイを飲むべきか迷った。(つづく)


aki


※この文章はakiが17歳の時に書いた物です。

続・バロートラへの道 (7) 最終回


扉を明けると、ヘマントが部屋の中に飛び込んできて、息急き切って言った。


「マドマキ!マドマキだよ!」


ヘマントはステンドグラスの光が射す窓辺に腰を下ろすと、頬をついて外を眺めながら、ある一点を指差した。


窓はホテルの敷地外の道路に面しており、道沿いに背丈が10メートルほどありそうなユーカリの街路樹が美しく茂り、朝の柔らかな光を受けて、乾いた大地を吹き抜けて来た風にそよぎながらその銀色の葉を、カラカラと翻らせていた。


ヘマントは、その街路樹の中の1本の幹の上に、大きな蜂の巣を見つけたようだ。

「マドマキ」とはどうやら蜂の巣のことらしい。


確かに大きな蜂の巣だった。

それでも自分の部屋からは見えないあんな遠くの、ホテルの外にある蜂の巣を、一体いつ見つけたのだろう。

昨日の夜のうちに見つけていたのだろうか。


カムラちゃんは普段、彼女らの民族衣装である、マルワリドレスしか着ないが、旅に出ると一般的なインド人女性が着るパンジャビドレスも着るらしく、おめかしした自分をカメラに収めてほしくてしょうがない。

庭のあらゆる場所で「ここで撮って!」「こんどはあっちで撮って!」今度はこのポーズ、あのポーズ、サングラスをかけて、子どもたちのキャップを被って、とカムラちゃんの専属カメラマンになり撮影した。

撮影大会がひと通り終わると、私たちはラナプールを後にした。

行き先はウダイプール。


次の街では、いったいどんな事が待ち受けているのだろう。

ジョラとカムラちゃんと、この3人の男の子達が、私をまだ見ぬ砂漠の地へ誘ってくれる。

そしてまた予想もしてない事が起こるだろう。

会った事のない自分にも出会うだろう。(おわり)


aki


続・バロートラへの道 (6)
 

ホテルの部屋に戻って、しんとなったベッドにひとり横たわった。


砂漠の民にとっての「水」とはどういう物なのか、どのくらい価値のある物なのか、水に何不自由ない暮らしをしている日本人である私には、本当の意味でそれを理解する事はできない。

バザールで売られているペンギンやシロクマの南極をイメージした写真、こんなポスター買う人のいるの?と思うけれど、まさにその涼しそうな風景こそが、砂漠の民にとっての憧れなのだなと思う。


あらゆる生き物をいじめるが如く続く長い乾季が明けて、初めて降る雨のひと雫にあれだけ大喜びし、路に飛び出してずぶぬれになる姿を見るにつけ、彼らにとって「水」というものがいかに尊いものかが伝わってくる。

砂漠の人々にとって、プールで遊ぶことは、本当に夢のようなことなのだろう。

ジョラは、普段水のない砂漠で暮らす子ども達に水遊びをさせてあげたかったのだろう。

というより自分が一番遊びたかったのかもしれない。


いつ眠りについたのか思い出せないくらい、ベッドに沈み込むと、あっという間に眠りについた。


ドンドンドンッ。

翌朝、部屋のドアを容赦なく叩く音で目が覚めた。

もう!今度は何なの??(つづく)



aki
続・バロートラへの道 (5)


プールサイドに上がって、夜空を見上げた。

そこにはお月様が静かに輝いていた。


するとふと、ジャイサルメールにあるジョラのホテルの従業員が教えてくれた、歌の歌詞が頭をよぎった。


それはある気だるい昼下がり、数人の従業員たちとテレビを囲んでいる時だった。

いつものように、いろんなボリウッド映画の挿入歌シーンだけが、テレビで繰り返し流れていた。


画面は美しい女優さんが、月光降り注ぐパティオのセットで、ヴェールを纏い、歌い踊る姿を映し出していた。

従業員のひとりが、この歌の歌詞の意味が分かるか?と聞いて来た。

私がなんと歌っているのかと訊くと、彼は英語に直して教えてくれた。

それはこんな歌詞だった。




こんなにも 月が美しいなんて

はじめて知ったわ

あなたに出逢うまで

私はずっと 

ヴェールを被って(心までも覆って)

生きてきたから



泳ぐのと笑うのに疲れて、遊ぶみんなをプールに残して、私は先に部屋に戻った。

さっきまで、ひとりで部屋でうじうじしていた気持ちがまるで嘘のようだった。


(つづく)


aki


続・バロートラへの道 (4)
SBCA0479.JPG

ドンドンドン、と激しくノックする音に、何事かと部屋のロックを開けると、子どもたちがずぶぬれになってドアの外に立っているではないか。


「あきこ!早くおいでよ!みんなでプールにいるから一緒に泳ごうよ!」


ええー!?今から!?

子ども達に手を引っ張られながら寝間着のまま中庭に出ると、月明かりに照らされて、ジョラとカムラちゃんが服を着たまま、まるで子どものようにプールの中ではしゃいでいた。

カムラちゃんは、普段から着ているマルワリドレスという、裾まである長いスカートとショールを纏った民族衣装のまま、水の中できゃあきゃあ言っているではないか。


泳ぎ方を知らない砂漠の人たちは、水の中で手足をバシャバシャさせるだけで、だれひとり泳ぎらしい泳ぎができないけれど、歓声をあげながら繰り返しプールサイドから水中に飛び込んだり、みんな楽しくてしょうがないという風に、月光の注ぐ夜中のプールできゃあきゃあはしゃいでいた。

カムラちゃんの大きな身体が、水の中で動く度に大きな波が立って、プールサイドに水が溢れた。


ここのホテルは、それぞれ低層の部屋が中庭とプールをとり囲むように建っており、私は他の宿泊客に迷惑だと、ホテルの人に叱られるんじゃないかと心配で、ジョラに「こんな時間にプールに入って騒いだりしても大丈夫なの!?」と訊いた。

ジョラは、「ノー・プロブレム(問題ないよ)」とインド人お決まりのセリフを言い、「ここのオーナーとは友達だ。それよりあきこも早く一緒に泳ごう!」と言った。

寝間着のままだし、と躊躇する私を、「それのどこがおかしいの?いいから早く!」としきりに誘った。


私も寝間着のまま、冷たいプールの中に少しずつ足を入れた。

夏だけど、やはり夜のプールの水は冷たかった。


信じられない。こんな時間にプール遊びなんて。

しかも寝間着で泳ぐなんて、生まれて初めてだ。


夜空から大きなお月様が私たちを見下ろしていた。


電気が灯ってなくても、月の光だけで十分遊べるほど明るく、私たちが水しぶきを上げる度に水面がキラキラと光っていた。(つづく)


aki


続・バロートラへの道 (2)

私たちの車は、渋滞の列の最後尾に停車していたが、せっかちのジョラがそう何分も一カ所に留まっていることはしないだろう。

ジョラの性分ではどういう選択をするのだろう。私はすべてをジョラに託しているので、ジョラが決めたら文字通り命を預けてついて行くのみだ。


さすがのジョラも顔色がいつもと違い、進むべきか否か悩みあぐねていた。

そして額に汗しながら、意を決して私たちはゆっくりと車を前に走らせた。横転したタンクローリーの真横を通る時にはアクセルを全開にして一気に走り抜けた。

幸い爆発する事もなく、未だ留まっている車達を後目に、私たちは何とか危機を通り抜ける事が出来た。



辺りはもう夕暮れを迎え、ウダイプールへ向かう手前の、ラナプールという町で一晩明かす事になった。

ラナプールの街道沿いに建つホテルに車が到着した頃には、日もとっぷりと暮れ、辺りは外灯一つなく真っ暗だった。

ジャイサルメールでホテルを経営しているジョラは、同じラジャスタン州内で、やはり同じくらいの規模のホテルの経営者達との間にコネクションがあるらしく、ホテルのオーナーと互いに握手をかわしていた。


夕食は、ホテルの中庭でとった。

テーブルの上にキャンドルが灯り、他にも何組かの西洋人たちが、ラジャスタンの夕べを談笑しながらくつろいでいた。

空には満月に近いお月様がぽっかりと白く浮いていた。 (つづく)


aki

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