GAYA | Blog

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サンガネールへの道(3)


インドから何とか帰ってきたものの、気温差や疲労からか具合が悪くなり、病院で初めて点滴を打つことに。周期的に全身を襲う悪寒は、身体中の毛という毛を波のような逆立たせ、部屋の中で1メートル先のリモコンにさえ手を伸ばせないくらいの倦怠感に襲われていました。


インドと日本の気温差に体が悲鳴を上げているだけかと思っていたのですが、全身の震えが止まらず、寒さを和らげるためにお風呂に入ると、腕や太腿の毛穴が斑点状に紅くなっていました。


ん?これはやっぱり何かがおかしいな・・・(笑)


再度、病院に行き症状を話すと、皮膚科のその若い男の先生は「滞在先がインドなのでデング熱の可能性を否定できない」と言うことで検査をすることに。そして陽性でした。


PM2.5から身を守る事ばかりに気をとられ、デング熱のことなど微塵も想定していなかった事を悔やんでも、時すでに遅し。日本に帰国してから発症したことは不幸中の幸いでした。もし、インドで発症していたら、5歳の息子を抱え帰国もままならなかったかも知れません。


デング熱は治療薬がないとのことで、ひたすら水を飲むようにとだけ言われ、解毒する為に水をたくさん飲みました。


そんなこんなで身体もようやく回復し、冬の展示会も無事に終えることができ、お正月休みの間中もサンガネールの工房と密に連絡を取り合って、色やデザインの見直し、染めの出来具合を幾多も確認し連絡を重ねました。


そして、ようやく届くかと思いきや、今度は出荷されたはずの荷物が全然届きません。


コロナの影響なのでしょうか、世界中の貨物が混乱しているという噂で、なす術もありません。



(つづく)


aki

サンガネールへの道(2)


染職人によると、ヤギの糞が一番いいとか、ラクダの糞が一番いいとか色んな意見があるそうですが、一般的には牛糞が広く使われていました。そして、その糞は新鮮であればあるほどいいのだそうです。


<工程>

1、未晒しの生地を一晩水に漬ける。

2、よく洗い絞る。

3、新鮮な牛糞を2〜3倍の水で溶く。そしてその液に満遍なく浸し、軽く絞る。一晩置く。

4、次の晴天の日に川で水洗いをする。

5、平らな地面に広げて干すが、常に湿った状態を保つ。乾かないように何度も水を振りかけ、陽の高い間中、強い光に晒す。

6、陽が傾いたら布を水洗いする。絞った後にまた牛糞液に浸し、ひと晩置く。


この工程を、布が純白になるまで4、5日繰り返します。


今はもうこの牛糞を使った漂白方法は(残念ながら?)使われていませんが、美しいデザインの木版捺染は今も確かに受け継がれ、サンガネール独特の爽やかな仕上がりの染めは健在です。


今回もいつも行く家族のような染め職人、スラジさんの家で数日を過ごしました。


スラジの家は、子供の頃から通っている、自分の家のような居心地の良い場所です。


飼っている水牛から絞ったミルクに少しスパイスと砂糖を入れて「これさえ飲めば身体は健康!」と言っては、毎朝毎晩、愛情たっぷりのホットミルクを出してくれます。


スラジは私のことを娘同様に思って、いつも心配してくれます。そして、ある日、スラジに予め日本から連絡をとっていたサンガネールの工房の話をし、この染め場を訪ねてみたいと話すと、私の行きたいと言っていたその工房の夫婦は、なんとスラジととても古くからの知り合いだと言うことがわかりました。


家族ぐるみのお付き合いをし、お互いの工房の近くまで来ると、家庭料理をご馳走し合う仲だと言うのです!スラジはその場ですぐに電話をかけてくれ、日本からきた古い友人を連れて行くからと話してくれました。そして、数日後、スラジの家の車でサンガネールまで連れて行ってもらうことになりました。


到着してみると、同じ染職人の家とはいえ、スラジの家とはまるで違う大きな洋館に入ると、中は空が見える高い吹き抜けになっており、建物中に明るい日の光が差し込んでいました。


壁にはセンスのいいアンティークのピチュワイ画や、大航海時代に広く世界と交易していた名残でしょうか、色あせた世界地図が飾られていました。


いつも行く他のインドの片田舎の染め職人の家では、大体が床で商談するのに、ここは立派な重厚感のあるテーブルと椅子だし、商談中に部屋に入ってきた他の従業員との会話が全て英語だったことにも、たいそう驚かせれました。村人相手ではなく、マハラジャや東インド会社相手に商いをしてきたサンガネールの歴史とプライドを感じました。


ひととおりデザインと色、注文数を決め終えると、一切口を挟まず見守りながらも、かつ私がどんな柄を選ぶかつぶさに見ていたスラジが、「アキコジー、アウトラインはもっと濃い色にした方が、デザインが締まるよ」と最後にひとつだけとアドバイスをしてくれました。


なるほど。さすが同じ木版染の職人のアドバイスには説得力がある。スラジのアドバイス通り、見本よりもアウトラインはもう少し濃い色にしてほしいとお願いし、工房のさりげなく飾られた興味を惹かれる調度品を目に焼き付けながらスラジと工房を後にしました。


出来上がるのは4ヶ月後の予定です。


さあ、どんな仕上がりになるのでしょう。期待を胸に抱いて帰路に着きました。


(つづく)


※写真は煮染めの時に燃料として使う牛の糞を天日干ししているところです。

このように牛の糞は漂白に使用する以外にも、生活のあらゆる場面に活かされています。


〈参考文献〉
西岡由利子 著『印度木版更紗ー村むらに伝わる』(アナンダ出版工房 刊)
サンガネールへの道(1)


毎年インドへ買い付けに行っているGAYAですが、去年の11月、個人的には約6年ぶりにyumiさんと一緒に、5歳の私の息子も連れてインドへ行ってきました。


久しぶりのインドの空は、前代未聞の大気汚染で、ぶ厚いスモッグに覆われていました。


その日11月4日は、インドが記録的な史上最悪の大気質指数を叩き出した日で、空港からホテルに向かう道すがら、今までインド国内では見たことのない、マスク姿の人を何人も見かけました。

近年なぜこんなにデリーが大気汚染に見舞われているか。


もちろん急速な経済発展によって排出される火力発電所の排ガス、車の排気ガス、建設現場から出る粉塵によるところが大きいのですが、他にも、いかにもインドらしい要因があります。


毎年10月から11月に行われるディワリ祭は、ヒンドゥーのお正月のようなお祭りで、どの家族も山ほどの花火を打ち上げてお祝いします。そしていまだに続けられている農家による秋の野焼きの煙です。この5大要素が、奇しくもインドに到着した日に見事に重なってしまった、と言うことのようです。


加えて首都ニューデリーのある場所は地形的に盆地にあり、特に朝晩の空気が冷えるこの時期は、汚染された空気が下に溜まりやすいことも、状況を悪化させていたようです。


インドに行く前から、ここ数年はPM2.5の酷さを、方々から聞いていたけれど、まさか史上最悪の日に到着するとは・・・。


そんなデリーを、着いた翌朝には後にし、我々は別の目的地へ向かいました。


今回の旅の目的のひとつが、サンガネールの工房を訪ねることでした。


サンガネール染めの美しさに魅せられ続けていた私たちは、今一度サンガネールへ戻って、親しくなれる職人を新たに探したい、出会いたいと思っていました。


サンガネールは、ラジャスタン州のジャイプール近郊にある古くからの染めの町です。


5世紀もの間、その染色捺染の技術が受け継がれ、16〜17世期にその技術は花を開きました。


美しく描写された花のモチーフには、バラ、ハス、ヒマワリ、ユリ、マリーゴールドなどがあり、まるで草花が風に揺れ、自然を礼讃してるかのような優雅なデザインは、身にまとい風になびく度に、美しく現れ出てきます。


そしてサンガネールプリントの特徴は、他の産地はその地域の村人たちの為に染められてきたのに対し、サンガネールはマハラジャや王侯貴族、ヨーロッパへの交易品として主に染められており、東インド会社の主要な輸出品だったということです。


マハラジャやヨーロッパの人々の求める布を追求していく過程において、サンガネール染めには他の産地にない別の特徴も生まれました。


それは、下地の「白さ」です。


白く漂白すればするほど、より鮮明な色を出す事ができる。サンガネールの職人は、美しく染め上げる為に、生地を白くすることに並々ならぬ労力を費やしました。


その昔、生地を白くすることは至難の技でした。


ところがサンガネールの職人たちは、その当時から科学的に「漂白」する術を身につけ、高貴な色である白を生み出していたのです。


何を使ったかと言うと、牛の糞でした。


(つづく)


※写真は夜でも大気汚染のため曇ったデリーの夜空。夜霧のようで幻想的です。

インダス文明とアジュラック染

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インド更紗の産地は段々と近年減ってきていますが、それでもインド各地で今も大事に伝統を守り、その技術は現代に受け継がれています。

 

それぞれ模様に特徴があり、中でもアジュラック染めは美しい幾何学模様と左右対象の図柄が特徴の、インド更紗の中でもとりわけ歴史が古い布です。

 

どのくらい古いかというと、4500年前のインダス文明の頃から今もなお当時とほぼ同じ製法で染められているのです。

インダス文明は古代文明の中でも謎の多い文明だそうです。

というのは、まだインダス文字がはっきりと解読されていないからです。

 

下水設備や公衆浴場が整備され、高度な染織技術が生まれました。

 

アジュラック染めの中でも、「トゥルー・アジュラック(本物のアジュラック)」と呼ばれる更紗は、今ではシンド地方(インド・パキスタン国境一帯)のムスリム男性の正装として広く着用されていますが、イスラム教が生まれたのは、更紗が生まれるずっと後のことになります。


では、一体どんな人たちが今で言うアジュラック染めに近い更紗を身につけていたのでしょう。

 

モヘンジョ・ダロの遺跡から発掘された神官王の像に掘られた模様は、今もアジュラック染めに伝わる「カカール(雲)」模様です。

 

※写真上:カカール模様(雲)

 

なぜ雲なのでしょうか。なぜ太陽や雨ではないのでしょうか。

 

色々な謎が深まります。

いつかインダス文字がもっと解読されれば、そんなインド更紗の起源がもう少し解明されることでしょう。

 

今回の展示会では、このカカール模様のトゥルー・アジュラックも展示致します。

トゥルー・アジュラックの特徴は、深い藍、赤、白、黒の4色で染められており、着用する年齢で大きさも決まっています。

 

この機会にぜひ、本物のアジュラック染めをご覧頂ければと思います。

 

aki

マンゴーの花


マンゴーの花は、小さな花が無数についた房状になっています。そのひとつひとつがマンゴーの実になります。

5月から7月はマンゴーの旬。
日本では高級なマンゴーですが、インドでは一個40円くらいで食べられます。そして種類も豊富です。

甘くて頭をガツンと叩かれるくらいの美味しさです。

aki
アーメーダバードの通りで

 

アーメダバード近郊を歩いていたら、突然こんな風景に出くわしました。

 

鏡付きクローゼット、枕、毛布、布団などの寝具一式と、バケツ、フライパン、茶こし、焼きたてのチャパティを入れる保温器までも揃った家財道具一式が、何セットも路上にずらーっと並べられています。

 

なんと、これは結婚式に出席したお客様に持ち帰っていただく、引き出物一式だそうです。

 

インドの結婚式には何度か参加し、その豪華さと気合いは目の当たりにしてきたけれど、

これはすごい!

 

ああ、もう少し長居できたら、これほどまでに祝福される花嫁、花婿を見られたのに。

しかし、これはどうやって持って帰るのでしょう?

 

yumi

  

 

 

染め職人3世代

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私たちの通うインドの染め職人の家族に、待望の男の子が生まれて、何年経ったでしょう。

 

ディパックの妻アニータは、男の子を授かるようにと願をかけるため、毎週木曜日には断食をし、数年を過ごしていました。

 

そして数年前、ついに男の子が誕生しました。

私たちも自分の家族のことのように喜んだことは言うまでもありません。

 

行くたびに大きくなったその坊やに会うのも、旅の楽しみです。

 

孫息子と一緒に、立派に染め職人として成長した息子ディパックの仕事ぶりを眺めるおじいさんとなったスラジ。

 

こうやって、おじいさんや父親の仕事を毎日目の当たりにし、何気なく一緒に過ごしながら仕事を覚えていきます。

染め場の匂い、音、空気がこの子をどんな人に育むのでしょうか?

 

釜で媒染しているディパックも初めて会った時は、お互いまだ小学生でした。

 

先日、ディパックが丹精込めて染めた布が届きました。

 

今月末から日本橋三越で開かれる展示会では、彼の染めた生地を使ったセミオーダーを承る予定です。

どれも、素朴で力強い更紗ばかりです。

 

ぜひ、楽しみにしていて下さい。

 

aki

 

 

 

chippaたちの結婚式

 

 

夏に注文した生地が、もうすぐ届きそうです。

「まだかかる?」

「あとどのくらい?」

 

と何度も連絡を取り合って、その度に互いの家族の話をしたり、染めにはかかせない天候の話をしたり。
子供たちは、お手伝いが出来るくらいに大きくなったかな?
染めを鮮やかにする太陽は照っているのかな?

「結婚式が重なってしまって染めの作業が中断してるんだ」

と言うから、もう少し、あともう少しと待っていたら、chippa(染め職人)たちの51組もの結婚式があるんだとか。


51って!

51組も結婚式が重なることなんて、インドじゃなかったらありえない。
そんなに年頃の若者が、あの村にいたのかな?
ご祝儀とかは、どうなるのかな?
1日にそんなに結婚式って参加出来るもの?

 

と、考え出したらわからないことだらけ。
やはり恐るべし、インディアです。

ヒンドゥー教徒の彼らにとって、結婚式は一生の宝物。

大事な1日が、51組102名、またそれぞれの親や親戚たちにも訪れる。

本当におめでたいこと。

なんとか、理解するように心がけて、期待を膨らませ、布を待ちます。
同じ地方の他の職人のものではダメなのです。

良い職人は、使う白生地が違う、木版に愛らしさがある。

そんな気がします。

こんなに待たされても、30年のお付き合いです。

彼らにしか出せない色や染め、信頼関係にある、この待つ時間さえも大事なプロセスです。

 

rui

 

※写真は全部染め場に届いていた結婚式の招待状です

オールドデリーのカイト屋さん



以前、展示会のDMにも書きましたが、私たちはデリーの、特にオールドデリーが大好きです。

 

あんなうるさいところなのに何故?と思われる方もいるかもしれませんが、

あの喧騒と活気は、そこにいるだけで、生きている実感を抱かせる、そんな場所です。

 

この写真は、そんなオールドデリーの凧屋さん。

 

凧はインドの人が大好きな遊びです。

毎年1月下旬には、春の訪れを祝うヒンドゥーのお祭りで、みんなで凧上げを楽しみます。

この日は、太陽に向かって「がんばれ!」という日なのです。

 

1年を通して、暑い日ばかりのインドなのに、やっぱり暑い太陽の到来を喜ぶんですね。

 

太陽は「スーリア」と呼ばれ、神様でもあります。



 

つがいの鳥もまた吉祥のモチーフです。


買ってきた凧をいつかあげたいと思います。

 

 

aki

アムリトサル

 

『聖者たちの食卓』というドキュメンタリー映画をご存知でしょうか?

ベルギー人の夫婦によって撮られたこの映画には、セリフも字幕もBGMもありません。

ただただ、このアムリトサルというスィーク教徒たちの聖地にある食堂の1日が、淡々と流れているだけなのです。

 

この映画を数年前に観て感銘を受けた私たちは、インドに行った時、いつかこのアムリトサルを訪ねてみたい、と願っていました。

そして、遂に念願がかない、たった1日だけ滞在することが出来ました。

 

写真の水上にまるで浮かんでいるかのような荘厳な建物は、ハリマンディル・サーヒブという総本山で屋根が金箔で覆われていることから、ゴールデンテンプル(黄金寺院)という通称で呼ばれています。

 

 

この食堂では毎日約10万食もの食事が無料で振る舞われ、この寺院を訪れた巡礼者たちに、人種、宗教を問わず提供されます。

そして、その食堂で働く人々もまた巡礼者たちのボランティアで賄われているのです。

 

 

皆が並んで順番に食事をとります。

食べ終わると、床はきれいに清掃され次々に食事が振る舞われます。


 

食器も流れ作業で洗われ、きれいに積み上げられます。

 

食堂の裏方で準備や食器洗いを手伝う巡礼者の少年たち。

ここで仕事を手伝うことも、祈りと同じなのです。


 

デリーの町や路上でも、度々スィーク教徒の大規模な炊き出しに遭遇し、通りかかった私もプラサード(施し)を頂くことがあります。

そのときの彼等の穏やか表情、プラサードの優しい味は忘れることができません。

 

yumiさんは皿洗いを、ruiさんはローティー(パン)にギー(バター)を塗る仕事をお手伝いさせて頂きました。

 

今、ミャンマーの迫害からバングラディシュに逃げてきたロヒンギャの難民たちに、世界中から集まった多くのスィーク教徒たちが救援活動をしているそうです。

彼等は、尊敬の念を込めサルダール・ジーと呼ばれています。

 

美しい映画ですので、ぜひご覧下さい。

このアムリトサルに行った時の話は、ぜひこんどお店にいらした時にお話しいたします。

 

 

aki

 

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